親が倒れても悲しむだけじゃいられない。

一人暮らしをしていた母がくも膜下出血で倒れた。

グレード4。たとえ手術したとしても植物状態と宣告され、一度はあきらめた母の命が、母自身の力で回復。これが生命力というものなんだろうか。8時間を超える大手術にも耐え、母はついに目を開き、時々あくびをしたり、手を動かしたりして、順調に回復していった。

さて、これからふんばって母を支えていかなければならない私たち姉妹はというと、本当に、身も心もクタクタになるほど、忙しく動き回った。

親が倒れたからといって、親の心配だけしてればいいわけではないのだ。

まず、飼い猫の存在。
母は猫と15年、一緒に暮らしていた。
人見知りで、家に行くとすぐに押し入れに隠れて出てこない老猫である。

妹と交代で毎日、エサとトイレ掃除に行かなければならなかった。

私も妹も、母の家、また病院まで電車で片道1時間。

母の様子を見に病院に向かうだけでも、毎日毎日大変なのに、そのあと、また電車に乗って母の自宅まで猫ちゃんの世話をしに行かなければならない。
これはけっこう大変だった。

私も妹も、仕事してる。

妹は昼間仕事しているので、動けるのは夜。
私は家族で小さな居酒屋を営んでいるので、動けるのは昼間だけ。
しかも1歳の息子とニコイチ。

この先、母がどんなに回復したところで一人暮らしなんてできるはずがないのは明らかだったので、3週間後、ほぼ無理矢理、私の自宅に猫ちゃんを連れて帰ってきた。

だれかが面倒見なければならないのだから。

猫の問題はそれですんだ。
幸い、おとなしい猫だったし、1歳の息子にアレルギーなども出なかった。
逆に息子は大喜びして今ではとっても仲良しだ。

問題は、家。
これは今でも解決しない、大問題。

そしてお金。
お金のことも、今でも頭を抱える大問題。

決して気持ちだけではどうにもならないのだ。
どちらもいつか記事にまとめることができたらいいなと思う。

とりあえず、母の自宅を整理した。
通帳、印鑑、キャッシュカードの暗証番号に登記簿謄本など、大事なものはすべて、私たち姉妹にいつかその日が来たらわかるように、きれいに整頓されて、でも、なるほど!と納得するような隠し場所に置いてあった。

妹と二人で、まるで宝探しみたいだねと言い合った。

母の見舞いに行く。
自宅に寄って換気もしなくちゃいけないし、郵便物もチェックしなくちゃいけない。
住んでなくても家には行かなくちゃいけない。

そして荷造りをすすめ、引越しの準備を整えて、母の自宅を空にした。

大変だった。本当に。

でも、電車で1時間かけて向かう先が病院だけでよくなったのは、本当に楽になった。

郵便物の転送届も出しておいた。
国保や介護保険関係の書類も、当面の間、私の家に届けもらうよう、役所にお願いした。

郵便物をチェックしてると、他に必要な手続きが見えてくる。

定期購入している健康食品の停止とか、細かいことまでいろいろあった。

携帯のチェックも、母の交友関係をほとんど知らなかったので、だれにどこまで話せばいいのか、微妙だった。

中には根掘り葉掘り聞いてくる人もいて、今だから言えるけど、鬱陶しかった(^^;

母はといえば、そんな労力のすべてが無駄なのかと思ってしまうほど、遠いところにいた。

目は開いてるけど、決して合うことない。
私たちがだれなのかはおろか、自分が誰なのかもわからない。

話しかけても、話しかけても、無駄。
どんな言葉も届かなかった。

悲しくて、心が折れそうになる。

やっぱり手術しちゃいけなかったのか・・・。

そんな風に考えたこともあった。

でも、そんなことはおかまいなしにやらなければならないことが、どんどん出てくる。
仕事もある。1歳の息子もいる。

ただ悲しむだけで時間が流れていくわけじゃない。
それが逆に救いになった気がする。

まだまだくじけてる場合じゃないのだ。

母について次は早く、早く、リハビリを始めて、少しでもよくなってもらわなければ。

母がくも膜下出血で倒れてから、手術をして、家をどうするか、荷物をどうするか、猫をどうするか、ばたばたとせわしなく動いてる間の期間は、どこが終わりなのかゴールが見えなくて、本当にゆっくり時間が流れているようだった。疲れた。

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