くも膜下出血で倒れてからリハビリ病院に転院するまで

くも膜下出血のグレード4で救急搬送された67歳の母が、手術も無事に成功して10日ほど経過した頃、ICU(集中治療室)から一般病棟に移された。

ネットで調べて情報過多の頭でっかちになってた私は、2週間はICUにいるものだと思っていたので、これはうれしかった。

面会時間も長くなるし、何より一般病棟なら1歳の息子を連れて行ける。
ICUにいる間は、ドアの向こうで人に預けなければならなかったので、大泣きされてゆっくりできないし大変だったのだ。

左脳にダメージを受けていた母は、右半身が動かない。
でも、左手を動かして管を触ったりするので、左手にはいつもミトンをされて、ベッドの柵にくくりつけられていた。

目は開いているけれど、目が合うことなく。
「お母さん」と呼びかけても、返事はなく。

一時は心折れそうになったけど、時間と共に、母は少しずつ回復していった。
ように見えた。

病室のベッドでは床ずれしないよう、時間が来るたびに看護師さんが母の体勢を変えてくれていたようだったけれど、寝たきりの姿勢は体に相当な負担をかけていたらしく、母はいきなり下血した。

順調に見えたのに、夕方、突然、主治医から電話があったのだ。

ベッドが血まみれになるほどだと。
でも原因がわかりませんと。

何か起こる時はいつも突然だ。
こちらは何の準備もできない。

手術の同意書。輸血のサイン。

出血の原因がどこなのか、探っても探ってもなかなか見つからなくて焦ったらしいが、その箇所は見つかり、輸血は必要になったものの、無事に止血された。

手術室から運ばれてきた母の目は開いていたけれど、やはりその目が駆け付けた私たちと合うことはなかった。

少しずつ、ゆっくりと、弱ってきている。

そう感じた。

この状態だと、リハビリ病院に転院したくても、受け入れてもらえない。
1日でも早くリハビリを開始したいのに。
寝たきりでいると、重力がかかって、どうしてもあちこち弱ってきてしまうらしいのだ。

弱気な気持ちはどんどん弱気な気持ちを生み出して、私は、勝手に暗く沈んだ気分になって、明るい希望を持てずにしょんぼり、うつむいていたように思う。

けれど、ここでも母は、自力で回復した。

だから生きるんだってば。

そう、聞こえてきそうである。
たくましい。

記憶も言葉もすっかり失ってしまった母だったので、声が出てくることはなかったけれど、やんちゃ盛りの1歳の息子の笑顔に、つられて笑顔を見せてくれるほどにまでなった。

私と妹のことも、最初は娘だという認識がなく、
「あら、また来たの、この子。いらっしゃい」
といった感じだったが、どこか記憶の奥の方、本能的な部分で、この子たちは味方だという何かあたたかい気持ちを感じ取ってくれていたように思った。

記憶なんてなくても大丈夫。また作ればいいんだから。忘れてしまっても平気だよ。
私たちはそう笑って言ったけれど、母はどんどん、いろんなことを思い出したようだった。

私たちの母であること。

母がくも膜下出血で倒れてから1か月半。
まだ何もできないままだけれど、急性期病院近くで地域連携している回復期リハビリテーション病院に、無事、母は転院することになった。

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