4

リハビリ病院のスタッフとしては、母はまさかの回復ぶりで、担当チームのリーダーが言うに、「僕がこれまでにお世話させていただいた患者さんの中で一番回復した」んだそうだ。もちろん、入院当初に想像してた以上に。ということであるが。

しかしまだまだ心配事は多い。失語症、右側空間麻痺。母の体のことだけにとどまらず、母を自宅に一人きりにしておく時間、防犯についてもとても心配なのだ。

なので、母が勝手に自宅から外に出れないように鍵をつけることはできないかと、言われた。それって、閉じ込めるということか。もちろんできるはずもない。ケアマネさんもきっぱりと否定する。無理です。

母自身が自分の意志で出ていくのも困るが、誰か来た時(たとえ宅急便などでも)玄関を開けてしまうのも困る。
どう考えたって対処できないのだから。
しかし、玄関チャイムが鳴ったら、母はドアを開けてしまうのではないだろうか。

母にはよくよく言い聞かせるが、様子を見て、やはり心配が拭えない場合、玄関先まで行けないようにベビーゲートなどの設置も考えねばならなくなった。
こればかりは、暮らしてみないとわからない。

母が自宅で一人きりで過ごす間、万が一のことがあって、緊急連絡したい場合、母に携帯電話は操作できないし、とっくに解約しているので、ごくごく簡単でシンプルな電話機を購入して、自宅に固定電話をひいた。(もともとあったのだけど、使わないので電話機は接続してなかったのだ。)

ワンタッチダイヤルがABCの3件まで登録できて、なぜか電源アダプターが必要ない(どういうことかわからない!)ので配線もスッキリ。
問題は、母に使えるかどうかだが、もちろんそんなに簡単に使えるはずもなく、これから先、根気よく教えて練習していかねばならない。

そして、介護モニターを設置した。

インターネットを介するので、外出先でもネットにさえ繋がれば、モニターの様子を確認できる。つまり、外出先でもスマホで自宅の様子が生中継で見れるのだ。リビングのソファに座るお母さんの様子がばっちり!

別室で眠る赤ちゃんの様子とか、みんなが出かけた後の猫ちゃんやわんちゃんの様子とか、見守りが必要な老人の様子とか。防犯の抑止にもなるはずだ。そうか、こんな便利なものがあったのかと感動した。

画像もきれい。写真も動画も簡単に撮影できる。
動体検知機能がついてるので、動くと勝手に録画してくれる。
母を見守るために購入したが、他にも用途は多そうで、息子や猫ちゃんを撮影して喜んでいる。本当に買ってよかった。

他に、スロープの設置なども考えたが、おそらく大丈夫だろうということで様子を見ることにした。

家族が一人増えるって、大変だろうなぁと思う。
母も夫も息子も私も、早く、馴染めたらいいなぁ。
そして早く本当の家族になれますように。そう思う。

にほんブログ村 介護ブログへ
にほんブログ村



いよいよ、母の退院を明日に控えて、皆がそれぞれ準備に追われた。

現在、母が入院しているリハビリ病院の担当チームのリーダーと、ケアマネージャー、今後お世話になるヘルパーさんの事業所の責任者、そして母の4人が、我が家に集合した。

病院の担当リーダーが、母の状態について、ケアマネージャーと事業所の責任者に引き継ぐ。

まず、話せないこと。話をしていても、本人が思うのと違う単語が出てきてしまい、けっきょく何を言いたいのか、わからないこと。そして、こちらの話が理解できないこと。雰囲気でわかったように頷いたりはするが、どこまで理解できているかは微妙であること。

そして、右側空間麻痺があること。右側は認識しないので、そちらから話しかけてもわからないし、何か物があってもわからない。床に物が散らかっていたとしても気が付かないので転んでしまう可能性が高いこと。万が一、外で右側から自転車や自動車が通り過ぎたりした場合、非常に危険であること。

一方、体の機能はずいぶんと回復し、トイレが自立できていること。時々、失敗はあるが本人が理解していて、洗面所で自分で下着を洗濯したりできるようになっているらしい。すごい。お風呂も、ほぼ自立できていて、見守りがあれば自宅で入れるだろうということ。日常生活のすべてがリハビリになるので、洗濯や掃除、食器洗いなどを積極的にやらせてほしいということ。

注意すべきは、母が一人で自宅にいる間の、室温と飲み物の管理。
暑いから、寒いからといって、エアコンを調整することはできない。
また、喉が渇いたからといって、自分で冷蔵庫から飲み物を出すことはできない。

室温については、こちらで温度設定してリモコンを隠していくくらいしか思いつかない。飲み物に関しても、テーブルに用意しておくくらいしかできない。

ケアマネージャーとヘルパーの事業所の方は何やらメモを取っていらしたが、
ようするに、「これくらいできるだろう」「大丈夫だろう」と、私が思わないことだな。そう思った。

「本人が慣れてきた頃にけがをするケースが多い」と言われたが、それは一緒に暮らすことを決めた私たちの方もそうなのだ。

介護保険を使って、デイサービスや、ショートステイや、ヘルパーさんなどを利用させてもらうけれど、それはあくまで補佐というか、補助というか、ヘルプというか、、、けっきょく私なのだ。

あまり気負ってばかりもいられないが、油断しないようにしなければ。
そういうことなのだろう。

にほんブログ村 介護ブログへ
にほんブログ村




2

先日、母が入院しているリハビリ病院で最後のカンファレンスが行われた。
毎月1回行われる報告会のようなもので、医師をはじめ、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士のリハビリ専門スタッフに、介護福祉士、相談員の方まで、ずらずらっと母を担当してくださっているチームのメンバーが十数名、テーブルを囲んで行われる。

24日に退院を控えての最後のカンファレンスだったので、退院後にお世話になる地域包括センターの担当者の方と、ケアマネさん、医療関係の担当者の3名が、わざわざ足を運んで来てくださっていた。

カンファレンスは13時からの予定で、私は病院には無事に到着したのだが、1歳8か月になる息子が初めてぎゃん泣きしてしまい、出席することができなかった。

カンファレンスで報告された内容自体は書類に目を通せば大体わかるようになっているのだが、最後のカンファレンスだったのでスタッフの方たちにもちゃんとお話しして挨拶したかった。それに、この日初めてお会いすることになったケアマネさんにも、ろくな挨拶ができず、本当に申し訳なかった。

昼寝時にぎゃん泣きして疲れた息子がくったりと腕の中で眠る中、カンファレンスを終えた母が私たちのもとに来てくれた。息子を起こさないように、小声でそーっと話す。

母は退院の日に迎えに来るのが、私と息子の二人だったら大変だろうに、どうするのかと、心配しているようだったが、夫も一緒に来ることを伝えると、ほっと一安心していた。小さい小さい孫に無理をかけさせているような気がして心苦しい。そんな感じだった。

自分が一番大変だろうに。
今日はたまたま虫の居所が悪かっただけなの。ごめんね。

いつも、頭の右側がもやがかかったみたいにぼーっとして、重たい。

外泊に来た時にそう言っていた。しんどいはずなのだ。当たり前だけど。
なのに、娘と孫に気を遣っている。

そーっとそーっと抱っこしてこの子を起こさないように、14時15分のバスに乗って帰れと。

うんうん。
私は言われた通り、そーっとそーっと息子を抱っこして、息子の頭を肩に乗せる。
オムツやおしりふきが入った大きなバッグを母が持って、お見送りしてくれた。

バスに乗った瞬間、息子が目を開いて、大泣きしたこともすっかり忘れてケロッと笑っておばぁちゃんに手を振った。ばいばい。おばぁちゃんも手を振る。ばいばい。

翌日、地域包括支援センターに出向いて改めて挨拶に伺い、この日の失態を詫びた。
担当者もケアマネさんも笑顔で許してくださり、カンファレンスの様子を話してくれた。

母は、思うことをそのまま言葉にすることができないし、相手の話す言葉も理解できないが、そのことをちゃんと理解していて、「私はあかんな、あかんな」と、言っていたそうだ。

母は想像もつかないくらい、信じられないほどに回復したけれど、本人にしてみれば、どれくらい歯がゆいことだろうか。
まだまだダメだと思っている。
もうじゅうぶんすぎるほどなのに。

もうすぐ一緒に暮らす。
どんなに想像力を働かせても、私には母の痛みはきっと一生わからないだろう。

そのことをちゃんと忘れないようにしなくちゃ。と、思った。

にほんブログ村 介護ブログへ
にほんブログ村


先日、地域包括支援センターに行ってきました。

あらかじめ、電話にて母の状態や、現在入院中の病院、介護保険を利用してどのようなサービスを受けたいのかを聞かれていたので、話はとてもスムーズにまとまりました。

毎日、18時から19時30分までヘルパーさんに来ていただき、夕食と、入浴の介助をお願いしたいこと。毎日来てくれる事業所なんてあるんだろうかという不安には、お話をしていた女性の方が「探します」と即答してくださり、とても心強かった。

週に2~3回、デイサービスに行ってもらって、その間、私は家事を済ませること。店の仕入れや仕込みは全部、主人がしてくれているけど、普通に家の用事がある。夫に食事の支度をせねばならないし。と言うと、「大変ねぇ。1歳半の子がいて、店をしてて、その上お母さんまでなんて、本当に大丈夫?見れる?」と言われてしまった。これにはあいまいに笑ってスルーするしかなかった。そんなのまだ私にもわからないのだから。

6月に旅行を予定しているので、その時だけショートステイをお願いしたいことも伝えた。1泊2日だが、夫とも、息子とも、初めての旅行。キャンセルしたくない。いきなりショートステイなんて母が可哀相だろうか?あらかじめ、練習を兼ねて、何度かショートステイしておくべきだろうか?そう思ったが、あっさり却下された。

「大丈夫。今だってリハビリ病院にいてるんでしょ。お母さん、他のおじぃちゃんおばぁちゃんとも馴染んで楽しくやってるって聞いてるよ。大丈夫。」

どうやら私が来る前に、リハビリ病院の相談員の方と電話でやり取りをしていたようで、わざわざ私が話さなくても、だいたいのことは把握しているようだった。

この方はおそらく介護に悩むいろんな方を見てきたのだろう。無駄に不安を煽るような話はせず、今後の方向性を、こんなこともあるよ。こんなやり方もできるよ。いざとなったらこうしましょう。いくらでも方法はあるから。と、言ってくださった。私は、初めてホッとした。地域包括支援センターの方なのでケアマネにはなっていただけないが、彼女の紹介してくれるケアマネさんを信じてみようと思った。

その数日後、母の病院に見舞いに行って、病院の相談員の方と話をした。

退院後の生活を考えて、妹にも母の状態をきちんと把握しておいてほしいということで、最後のカンファレンスには姉妹そろって出て欲しいということだったが、妹と日程の折り合いが合わず、姉妹別々の日にカンファレンスをすることになった。

このカンファレンスに、地域包括支援センターの方も来ていただけるというのだ。こんなに遠くまで?実際の母を見て知っていただいた上で、この先、話を進めていけるというのは非常に助かるし、うれしい。本当にありがたい話だ。

助けてくださるのは、赤の他人だ。これから来てもらうヘルパーさんだって知らない人だ。デイサービスの施設の職員さんだって知らない人。施設内のイジメがニュースになったりすることだってある。それも事実だと思う。でも、世の中そんなに悪い人ばかりじゃないと思うのだ。むしろ、一部でしょう。と思いたい。

でなければ妹の言うように朝から晩まで母を一人で家に囲っておかなければならない。

ケアマネをしている妹はそんな現場をたくさん見てきたのかもしれない。だから何も信用できないのかもしれない。人のケアプランなら立てるけど、いざ、自分の親を預けるのは嫌なのだ。それってどうよ。よっぽどあんたの方が信用できないじゃないか。

妹の意見はこうだ。

施設には行かさずヘルパーさんも入れなくていい、母なら一人で家でじっと居れるんだから。もしイジメられたりしても、話せないから可哀相だ。それに、汚いし。あんなとこ行かさんでも、お姉ちゃんのとこにおったらいいねん!

それは無理なのだ。だれかの助けを借りないと、私一人で母は見れないと思う。だからヘルパーさんにも入ってもらうし、デイサービスにも行ってもらう。

どちらも母を思うがゆえの言い分だ。

でもどうしても施設を信用できない妹は、「けっきょく、お姉ちゃんはお母さんと一緒に住むのが嫌なんやろ!」と投げ捨てた。

大喧嘩勃発。

私もいちいち言わなくていいことまで言ってしまった。ケアマネとして信用できないとか、あんたには相談せぇへんわ!とか、口だけで見舞いにも行ってへんくせに!とか。

だめだめの姉である。

喧嘩になって以来、お互い連絡を取らないままだ。最後のカンファレンスでも顔を合わすことはないので、おそらく退院するまで会わないんだろう。

姉妹だから、いつか仲直りするんだろう。

とは、もう思わない。お互い、言い過ぎたと思う。ただし、母を大事に思う気持ちは二人とも同じだと思うので、別々の道でそれぞれに考え、できることをできるなりにやっていくんだろう。

今はもうそれでいい。

にほんブログ村 介護ブログへ
にほんブログ村



2

一人暮らしをしていた母がくも膜下出血で倒れてからおよそ半年。
1か月後にリハビリ病院を退院することが決まった。

退院後は長女である私と同居することになっているので、昨日、同居の練習も兼ねて、3度目のお泊まりをしに来てくれた。

車で小1時間かけて介護スタッフと共に到着した母は、3度目にして初めて、マンションの5階にある居室まで車いす無しで登場した。これまた進歩である。「今日は車いす無しで来ましたよ!」と、顔なじみの介護スタッフが得意げに言った。

部屋に招き入れ、母はさっそく1歳半の孫と遊びはじめる。
その間、私は介護スタッフと今後の相談をする。

退院はちょうど1か月後の5月24日となった。
退院後の生活についても話し合った。夜間、18時から21時または22時ころまで、どうしても母を一人にしてしまうので、改めて小規模多機能をすすめられたが、どう考えても夜の22時ころに1歳半の息子を連れて徒歩でお迎えに行ける距離ではないので、途中ヘルパーさんに来てもらうことにした。

早急にケアマネを探さなければならないと、自宅から近い事業所のリストを渡された。
それは、居宅介護支援の事業所が80社近く並んでるリストだった。

その中から5社ほど○で印がつけてあったが、電話番号がのってるわけでもなく、後は勝手にしてくれ状態で、顔には出さなかったが、少しむっとした。
こんなリストを渡されて一体どうしろと?何を基準に選べと?
明日にでも地域包括センターに電話した方がよさそうである。

その後、リハビリも兼ねてと、母が一人でお茶を淹れられるように、ティファールを使ってお湯を沸かす練習をした。
「え?そんなこともできるの?!」と、私はびっくり驚いて、介護スタッフが母につきそいながらお湯を沸かしてお茶を淹れるのを見守った。

母は、湧きたての熱湯を、自分の太ももにこぼしてしまった。

慌ててズボンを脱がし、赤くなった細い太ももに水で濡らしたタオルをあてる。氷を持ってくる。救急箱を探して火傷にも使える軟膏を持ってきて塗ってやる。妙に白いオムツが視界を占領してくる気がして無駄に困った。やはりこれが現実なのだ。

大事には至らなかったが、私は、どんどん不信感がつのる。

悪気はないんだろうと思う。きっとたくさんのことを教えてくれようとしているんだろう。でも、別にできなくていい。あたたかいお茶なら私が淹れます。ということで、包丁も火も禁止させていただいた。一人でいる間はガスの元栓も閉めておく。

病院の介護スタッフの方にはそれで納得していただき帰ってもらった。

帰ってきた夫と、母と、息子と私。
4人でささやかな食事をしてくつろいでいたら、妹がやってきた。
母の今後の生活のことで、今度は妹と大喧嘩になってしまった。

ヘルパーさんなんて入れなくても、3~4時間くらい、母なら一人で居れるだろうというのが、妹の意見だった。だいたい、知らない人を家に入れるのって嫌じゃないの?と、言うのだ。それがケアマネのセリフなのか。

ばかじゃないの。

大喧嘩勃発である。

昨夜のことなので、私はまだ興奮冷めやらない。
今、記事にしたら大悪口大会になっちゃいそうだ。
なので、ここはグッと我慢して、今はやめておこうと思う。

にほんブログ村 介護ブログへ
にほんブログ村


病院までは、1歳半の息子を連れて往復3時間の道のり。途中ぐずられることもあるし、都会を通り過ぎる頃は満員電車だし、帰ってきたらすぐに仕事が待ってるし、正直に行ってお見舞いに行くのは本当にしんどい。

だけど、水頭症のシャント術を受けてリハビリ病院に戻ってからの母の様子は、会うごとにまた何か一つ、新しいことができるようになっていて私は驚き、そのたびに、やっぱり多少無理してでも来てよかったなと思うのだった。

なんと先日は、麻痺のある右手でお箸を持って食事をしていたのだ!

わ!お母さん、お箸、使ってるやん!!

病院に着いた早々、みなさんが昼食タイムの中、びっくりしすぎて大きな声を出してしまったが、そんな私の大声よりも、母は、孫に会えてうれしそうに笑った。周りのおばぁちゃん連中が1歳半の息子を見て可愛い可愛いとはしゃぎだしたのを、自慢げな顔をして、「私の孫よ」と、ちょっとだけふんぞり返ったように思う(笑)

その後、病院の広々リビングで息子を遊ばせながら、特になんてことのない話をして(というか失語なのでわからないが)母と二人でやんちゃ盛りの息子が暴れて病院の物を壊したりしないように見守った。

「おばぁちゃんのところにおいで!」と私が声をかけると息子は一生懸命駆けてきて、両手を広げてソファに座るおばぁちゃんにダイブした。感動しすぎた母は、11キロもある息子を両手で抱えて抱っこして、自分の膝の上に乗せた。居心地の悪かった息子はすぐにイヤイヤと降りてしまったけれど、私も、周りにいた職員の方たちも、「抱っこできたね!!」と、驚いた。

遠いし、仕事もあるので、いつも見舞いに来ても1時間ほどしかいられない。この日もすぐに帰りのバスの時間が迫ってきた。母もリハビリの時間だ。

建物の下まで見送りに来てくれた母に、「次に会えるのは、来週の月曜日。外泊だから、お母さんが会いに来てね。待ってるからね。」と言った。それを聞いた母は、うんうん頷いて、名残惜しそうに、「ほな、明日な。」と言った。「明日じゃないよ。来週の月曜日やからね。じゃぁね。ばいばい。またね。」バスの中から息子と一緒に手を振る。母も職員さんに付き添われながら、ずっと「ばいばい」と繰り返して手を振ってくれていた。

早く、一緒に暮らしたいなぁ。

そう思った。

にほんブログ村 介護ブログへ
にほんブログ村



水頭症のシャント術を受けてリハビリ病院に戻ってから初めて、母がうちにやってきた。くも膜下出血で倒れて以来、同居の練習として母がうちに泊まりにやって来るのはこれで二度目だ。どうやら一度目のことはもう忘れてしまったようで、その時のことは覚えていないと、母は首を横に振っていた。

しかし、シャント術を受けてだいぶしっかりと歩けるようになった母だったので、前回は必ずつまづいていたリビングと玄関の間の内ドアの段差も、自分の注意で足を踏みしめて歩くことができていた。すごい。これなら一人でトイレに行ける!しかも、シャント術を受けて以降、一度も失禁がないのだ。すごいすごい!!

念のためにと、母はオムツをしているし、用意されたお泊りセットの中にもオムツが入っているのだが、付き添いで来た病院の介護スタッフが帰った後、母はそのオムツを手に取り困った顔をして見せ、「こんなの本当はもういらないのよ」というようなことを私に言ったので、私は思わず「ふふふ」と笑ってしまった。つられて母も一緒に笑って、「使いませんでしたって持って帰ろうか」と言った。うんうん。そうしよ。

本当はもうオムツなしでも大丈夫なんだよっていう、でも介護職員の方たちにはナイショだねっていう、小さな秘密を母と共有したような感じだった。

帰って来た夫と、まだ小さな息子と、母と私と、みんなで食卓を囲んでささやかな食事をしたのだが、母は驚くほどよく食べて「おいしいね」と言ってくれた。「どうやって作るの?」と。まさかこんなに会話ができるなんて、病院に見舞いに行った時の短い時間では想像もつかないことだった。

もともとよく喋る母だったので、その母が戻ってきたようでうれしかった。もちろん、理解できない会話の方が多いのだけど、意味のわかる言葉が増えたことが本当にうれしい。私も夫も、わからない言葉にも何となくわかるフリをしてうんうんと頷いた。本当はわからないのだけれど、それでいいと思った。

食事がすんだあと、みんなでお布団を並べて休んだ。夜中に3度ほど、母は一人で勝手にトイレに立ったようだったが、問題の段差にもつまづくことははかった。

朝起きて、朝食をとり、片付けを母に手伝ってもらった。食べたら歯磨き!と、母にも1歳の息子にも歯ブラシを持たせてみんなで歯磨きをした。ふと時間がたって、そういえばそろそろ騒ぎ出すはずの息子が静かだなと思ったら、息子は母と一緒に夫の財布を散らかして遊んでた。それを見て夫が一人で騒いでいたが、実に平和で穏やかで幸せな毎日の中の1日のようだった。

笑顔で母が帰った後、シャント術後の母の回復ぶりを初めて見た夫が「奇跡やな」と言った。「これはお金では買われへんで」とも。

母のことだけでなく、いろいろな意味で本当によかったと思った。夫のことも、母のことも、息子のことも、私は本当に家族に恵まれている。家族を大事にししなくちゃ。本当に心からそう思った。

にほんブログ村 介護ブログへ
にほんブログ村



「2日後、元のリハビリ病院に戻ることになりました」と、水頭症のシャント術を受けた病院から電話をいただいた。

いや、そんな急に言われても。

シャント術を受けた後の行先について、何かこちらに相談があると思っていたので、いきなり転院の日が決まっていることも、転院先の病院がもといたリハビリ病院だったことも、少し驚いてしまった。こんなものなのかな。誰にどんな文句を言えばいいのかすらわからない。いや、別に何か文句をつけたいというわけではないのだが。

午前9時に来てくれと言われたがどうしたって行けないので、母は一人で介護タクシーに乗ってリハビリ病院に戻ることになった。荷造りは病棟のスタッフがしてくれるということだった。

私と息子は少し遅れて病院に到着。入院費の清算を済ませて、お薬など必要なものを受け取り、再びあの豪華リハビリ病院に向かった。

着くと、古巣に帰ってきたように母は元気にしていた。
翌日に行うお花見のゼリーをみんなで作るんだとかで、楽しそうに笑っていた。

私は入院に必要な書類にサインをし、保険証や限度額認定証などを提示した後、今後の相談となった。

入院日数は継続となるため、あと1か月ほどしかいられないそうだ。

シャント術を受けた後、またしばらくはいれると思っていた。
大急ぎで母を迎える準備をしなければならない。
いよいよだなと思った。

母にも慣れてもらわなければならないので、今度、母が泊まりに来ることになった。
シャント術を受けて、だいぶ回復した母だったので(リハビリ病院のスタッフにも驚かれた!)次の外泊は少し楽しくなるんじゃないかと、勝手に期待している。

楽しみだ!(^^)

にほんブログ村 介護ブログへ
にほんブログ村



水頭症のシャント術のため、大病院に戻ってきた母の手術も無事に成功し、術後の回復もすこぶる順調で、母は会うたびに元気になっているような気がしたので、私は、往復3時間かかろうが、この後、仕事が待っていようが、近頃すっかり電車が大好きな1歳半の息子を連れてのお見舞いが楽しみになってきた。

もちろん、体はしんどいが。
足取りは軽い。

手術前は、母の話す言葉は9割、意味がわからなかったが、今は、8割くらいまでになったような気がする。両手で支えなければ歩けなかったが、一人で歩くし、階段の上り下りもできるようになった。食事もちゃんと食べてるようだ。

何より、リハビリ病院にいた頃は考えられなかったが、退屈そうだ。

これは、元気になって気力が戻ってきた証拠ではないのか。
ベッドでじっとなんてしていられないのではないのか。
動きたくて、何かしたくて、うずうずしてきてるんじゃないだろうか。

そう思えて、私はうれしくなった。
生きてる。

ふと母の手を見ると、爪が伸びていた。

「前のとこでは看護師さんがやってくれたから」

というようなことを言って、母は笑った。

次にお見舞いに行くときは、忘れずに爪切りを持って行ってあげなくちゃ。
そしてこれからは私が切ってあげよう。
そう思った。

にほんブログ村 介護ブログへ
にほんブログ村



くも膜下出血で倒れてから脳内に水が溜まる水頭症と診断され、先日、水を抜く手術、シャント術を行った母の様子を見に行ってきた。

1歳の息子の手をひいて病室を訪れると、昼食をとっていた母はすぐに顔を上げて私たちを認めると、
「あっ!」
と、言った。

これは、普通の人ならなんてことないことなんだろうが、母にしてみたら、本当にすごいことなのだ。

今までなら、私たちが誰なのか、一瞬、考えねばならなかったのだから。
そして、「ああ、娘とその息子だ」と、ふむふむ納得するのである。
納得したからといって、うれしいとか、よく来たねとか、そういった感情がこみあげてくるわけでもないので、こちらとしては、軽くしょんぼりした気持ちになるのが常だったのだ。

それが、シャント術後は、一瞬で「あっ!」と、理解した。

そしてうれしそうに笑ったのだ。

感激した。

病室だと1歳の息子が泣くので、同じフロアにあるロビーに向かった。
ほんの数十メートルだが、母は、ちゃんとしっかり歩いた。
もちろん手をつないでいたし、手すりもつかんでいたけれど、小股のちょこちょこ歩きだけど、それでも今までとは考えられないほどしっかりと歩いたのだ。

びっくりした。
「お母さん!すごいやん!」と言うと、母はこれくらい何でもなさそうにちょっと得意げに笑った。

ロビーに着くと、3人掛けのベンチの真ん中に母を座らせて、1歳の息子を母の右隣に座らせた。

うっかりだった。
母は右の視力も聴力もあるけれど、脳が右側を認識しない。
なので、左側から声をかけてあげないといけないのに、私は母の右隣に息子を座らせてしまったのだった。

母はきょろきょろと辺りを見て、「子供は?」と聞いた。

そうだった!と、慌てて息子を左隣に座らせる。

母は自分の孫を認めて、うれしそうに笑った。

持ってきたシュークリームを一緒に食べたりして、ほんの小一時間だが一緒に過ごした。

たくさん話をしたが、母の話はほとんどわからなかったし、妹の名前もごっちゃになっているようだった。
だが、こちらの話は概ね理解しているように感じた。

劇的な変化は見られないだろうと言われたが、確実に、症状は改善したように思った。

良くなっている!
そう感じた。

久しぶりに、母に会えたような気がして私はうれしくなった。
希望が見えた気がしたのだ。

にほんブログ村 介護ブログへ
にほんブログ村